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キューバの歴史を簡単に整理。(参考:「地球の歩き方」・ローカルの人の話より)
(知っとるわい!という人はSKIPしてね)

map-of-cuba.gif
(Map:Lonely Planetサイトより)


1492年コロンブスがキューバに到達して以来、20年を経ずしてスペインによる植民地化が
急速に進む。平行して、砂糖産業・奴隷産業が盛んとなり、キューバは新大陸とヨーロッパを
つなぐ貿易の一大中継地として発展。

16C後半から17Cにかけては、仏・英・蘭などの海賊が度々キューバを攻撃。スペイン側は
要塞を建て防御を固める。(cf.プンタ要塞・モロ要塞etc./ハバナ)
(その後一旦戦いにより英領となるも、すぐにスペインによって取り戻された。)
現在も旧市街の人々の生活の舞台となっているスパニッシュコロニアル調の建造物(住宅群)は
スペイン統治全盛の時代に次々と建てられていったもの。

19Cに入ると葉巻の販売も自由化され富を得るようになると、キューバ国内では
次第に独立の気運が高まっていった。
1868年、第一次独立戦争勃発。1895~98年にかけてはホセ・マルティ(←キューバの英雄
として今も人々からリスペクトされている)を中心として第二次独立戦争が起こる。

その混乱の中1898年、米西(アメリカ×スペイン)戦争が勃発。米側の勝利の結果、
同年スペインの支配下からアメリカの軍政下に置かれ、キューバは独立に至った。
しかし、それも実質的な独立を勝ち得たというよりも、新たにアメリカによって間接的な
支配を受けていく始まりに過ぎなかった。

1902年キューバ共和国成立。独立後、次々アメリカ資本が進出し、多くの資源産業を
アメリカ企業が牛耳ることとなる。(当時のハバナはアメリカ人から「カリブのモンテカルロ」と
呼ばれる程の人気の街)一方、貧富の格差は広がり、政治家の不正が頻発したことなどにより、
キューバ国民の不満は募るばかりであった。
→クーデターの発生や相次ぐ政変により1930年代までは政治的に不安定な時期が続く。

1952年バティスタは軍事クーデターを起こして政権を奪取し、憲法を停止した上で
独裁政治を開始する。この時点でアメリカのキューバ支配は頂点に達し、
バティスタ政権とアメリカ政府、アメリカ企業、アメリカマフィアの4者がキューバの富を
完全に独占することとなる。(ハバナ新市街の建物はアメリカから移り住む人が相次いだ
当時に建てられた。現在街中を走り回っているアメリカンクラシックカーもこの時期に由来する。)

国民が貧窮する状況を見かねて、現大統領フィデル・カストロ含む当時30歳前後であった
青年達が150名の同士と共にバティスタ政権を打倒すべく立ち上がる。
→計画は失敗し、カストロ自身捕らえられるが、恩赦を与えられメキシコに渡る。
再びアルゼンチン人チェ・ゲバラ等同士と共にヨット「グランマ号」に乗り込み上陸を図るが
これも失敗。山中に逃げ込みゲリラ戦を展開しながら次第に勢力を拡大し、
1959年ハバナへ進軍→バティスタ政権を倒す(キューバ革命)

カストロ新政権は社会主義の思想を打ちたて、政治の民主化を推し進めると同時に
医療の無料化、教育の無償化、企業の国営化などを実施してきた。
→そうした過程で、多くの中・上流階級の人々がアメリカに亡命。

ソ連崩壊後は孤立した状態となり、アメリカの経済封鎖で極度の物不足に陥り、
キューバ国民の生活を逼迫した。
現在は、ドル獲得の手段として観光業や輸出に力を注いでいる。
カストロが体調を崩して以来、次世代のリーダー、今後のキューバの行方が注目されている。

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これら歴史のひとつひとつが今のキューバを作り上げているんだなぁと実感した旅でした。
短い滞在中見たこと、感じたことを簡単に綴っていこうと思います。

友人お勧めのガイドブック(English)
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